
一人一人の神
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Bさんおはようございます。
Bさんご紹介の本読んだほうがいいんでしょうが。なかなか読めてません.
ところでBさん、
後の神うんぬんのお話を知っていらっしゃるご様子では
けっこう仏教のことなどお読みのようで感心いたしました!
わたしは関心あっても全くといっていいほど読めていません.
なにしろ専門は全く違う方面ですので、なかなか読む気力がねえ・・・
なにか、わたしにの知ってる仏教って、現代の葬式仏教はいうまでもなく、
知識だけで、実際の悩める人のこころの安らぎや癒しに積極的でもなく、
マザ−テレサのような実際困っている方々への実践もないような
まして身近な人のこころの安らぎことつにも応用できないような事件も多々あるようです。
頭でっかちで、人間が見えてない方々が多いように思われて・・・
(多分に偏見でございましょうが、すてきなお坊様とのよい出会いはまだのようです・・・)
そんなふうで世間から離れたところで、
金襴の袈裟をつけて、腐った鯛みたいな、怪物の太いヌエみたいなものに思われて・・・、
だから、仏教の教義とかも囚われたくないので読んでませんね。
でも、伝承されてきて、それなりに納得されてきている内容は
やはりすばらしいもの、皆に訴える真実を内包しているのかもしれませんね。
そのうち自分の思考の検証のために読んでみるかなぐらいですね。
そんなわけで、これまでの伝統的な解釈なんて、全然しりませんが、
わたしなりの解釈はしてみたいところですね。
そうそうちなみにわたしは幸福の科学とか・・・
最近の新興宗教的なものも一切読んだこともはまったこともないんですよ。
書店で、一度くらいは手にとってパラパラとみたことは
あると思うんですが・・・
つぎはぎだらけの大風呂敷に感じられましたね。
>仏陀も「神」についてはうんぬんしなかった
ふむふむ
うんぬんとは、明言しなかったということですね。
神と仏とは、違うのでしょうね.
仏はブッダの後の話でしょうから。
つまりブッダの頃の神というとヒンズ−の神々でしょうね。
つまりその土着の神々と競合しようとはしなかった・・・ん、
まさに平和的で賢いですな。
しかし、いろいろとそれまでのバラモンの教義を喝破していったのでしょうがね・・・。
でないと、そうそう信徒はふえないでしょう。
わたしが思うには、
神はこうだと言ってしまうと、こうじゃない方はそれは違うといういい・・・
見えないものみえないパワ−についての結論のでない
果てしない論争に陥るでしょう。
そのように、たとえ同じ神だったとしても
神とは、一人一人にとって違うということじゃないでしょうか。
ましてやヒンズ−の神々など日本の八万よろずといい勝負・・
ですから、ひょっとして、仏陀かその後の方々かはしりませんが、
それら神々も及ばぬところの宇宙を
世界の果てから、意識の内奥の内なる陰性の宇宙の果てまで・・・
全てを・・・・というイメ−ジで たとえばその全てというのを大日如来とか、
あるいはケ−スバイケ−スで
自然界のあらゆる働きやその響きに応じた様々な仏の世界というものを
編み出していったのではないでしょうか。
でも、それもいわば神々の世界とどうようであり、
たまたま仏とか、神とか名付けたといえるんでしょうね。
そしてそれらの働きの大から小まで
神々にそれぞれ階級をつけたのかもしれませんね・・・・
これは仏教にかぎらず・・・
いろんな宗教はそのようなものかしらと
わたしには、思われます。
究極これからは、一人一人が一番大きな宇宙の理にきづいて、
自分自身の響きを知り、発する色を知って,
自分自身の内なる敬虔な神があるということに気づくことだと思うのですね.
ま、はやく言えば、エゴでない、良心の声みたいなものでしょうか。
かといって、人それぞれが神ともいえるものですから、
我が神だけに周囲を従わせるものではないでしょうね。
一人一人がわが神を大事にしておればいいことだと思うんです。
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